残念ながら廃業してます。過去大竹市に存在した酒蔵たち。

中国山地は花崗岩を基盤とした山々がおおく、この大竹市近辺でも花崗岩を中心とした地盤意なっています。すなわち火山岩が冷えて固まったものでありその花崗岩が川肌で削られながら小さくなったものが真砂土なので鉱物が大きく粒状になっており、多微細な多孔室なので、水などを通すと不純物を取り除く作用があります。つまり水を綺麗にろ過するような作用があるということです。ですので工業化もせずダムができる前には水の質が高く地酒も造られていました。そちらを調べたので少しだけですがご披露します。

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まずは豊田酒造さん

豊田酒造は明治4年(1871)創業で、小方を本拠地としていました。勝菊という銘柄を出されていたようです。以下の写真は郷土史からです。

酒はよくその地の料理にあった味をしているといわれるが木野、小方、大竹、玖波の地酒が地元の人によってこよなく愛された。(中略)

写真は1934年最新式のろ過機の試運転風景である。中央にいる人が杜氏である。(略)

と書いています。後ろには「三勝(サンカツ)」の看板も見えるのでもしかすると「勝菊」以外にも銘柄は存在していたものと考えられますね。古い過去のことなので調べようがないことが残念です。またごらんの方でご存知の方はお知らせください。また豊田酒造さんのお宅からは大竹市長も輩出されており、大竹市に長年にわたって貢献された方です。

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次は田熊酒造です。こちらは大竹市の元町にありました。私の生まれた地に近いので覚えています。がこちらも廃業となっています。田熊さんは三百年前の宝永二年に創業し宝永鶴を銘柄としたお酒を造っていたようです。

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借り物の画像しかありませんが、米焼酎も仕込んでいたようです。残念ながら現在はその土地は住宅が分譲されており、たくさんの家が立ち並ぶ風景となっています。

最後は藤高酒造さんですがほとんど情報がありませんでした。大竹市の木野に酒蔵を構えていらっしゃったようで「喜久娘」という銘柄を仕込んでらっしゃったようです。こちらもご存知の方は加筆してくださればと思います。

いまはない大竹の酒蔵ですが水のきれいな街であればいいお酒はできるはずなのでいつの日か復活なんてことに期待したいものです。

 

ENJOY

 

 


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